いつでも自分に帰れる場所がありますか?

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天気図を睨みながら、週末の波を予想する。


毎週通う海。


20年以上前に始めたサーフィンは、
日々のストレスを解放してくれる
私の貴重な浄化の時間です。 


しかし、サーフポイントによっては、
海岸にゴミが溢れ、
海へと流れる濁った川の水は、
異様な臭いを放っています。


足繁く通う海が、
汚れていることに心を痛めていました。

機会があるたび、
ビーチに落ちているゴミを拾うことを始めましたが、
一向にキレイになりません。


なぜこんな姿になってしまったのか?
疑問を持ちました。



そんな中、
あるサーファーの言葉を思い出しました。


「日本は山の多い、海に囲まれた国。
海を綺麗にしたいのなら、海に流れる川を綺麗に、
川を綺麗にしたければ、川を作る山を綺麗に。」


「山と海は繋がっている。
大好きな海を綺麗にしたければ、
山を整備することも大切でしょう。」


「海の水が蒸発して雲になり、
雲が風で流れ、山にぶつかり雨になり、
その雨がまた湧き水となって、泉になり、
やがて海に帰っていく。」


「源泉を美しく保つことも、大切な1つの要素です。
私たちは大きな循環の中にいるのです。」



私は、農林系学校の出身であり、
世の中に
林業を生業としている人がいるのは知っていました。

縁あって、
森林組合の職員として入組することができました。


チェンソーを担ぎ、一歩一歩斜面を登る。
聞こえるのは自分の吐息と数々の山のざわめき。


自分と自然以外何も居ない空間では、
徐々に五感が研ぎ澄まされていきます。


その感覚は、
水の力が全身に伝わる感覚に、
身体とボードが一体になり
波を滑り出す瞬間に似ています。


山の現場によっては、
自分よりも老齢な木々、
何十年と
その場所で育ってきた木を伐ることがあります。

そんな時は、いつもに増して、
ゆっくりと
木々たちと会話するように、
一つ一つの手順を確認します。

一歩間違えば、こちらが命を落としかねない。
尊敬の念を持って、
命のやり取りをしなければなりません。



斜陽産業と言われて長年の月日が経ち、
担い手が不足しているにも関わらず、
若者が家庭を持ち、
苦労せずに食べていけるだけの収入は
得難いのが現状です。


過酷な仕事であり、
田舎暮らしの厳しさに 続かない人も多い中、
山を整備することに誇りを持ち、
林業で生計を立てるサーファーは思いの外多く居ます。



それは、きっと
山は騒がしく賑やかで、
海と同じく季節の移り変わりを感じ取れるからでしょう。


同時に、変化しながら
力強く生きている
鳥や樹々、虫達をみると、
人間も大きな自然に生かされていると感じます。


循環という大きな流れの中で、
自然と向き合い、
肌で感じることは、人間が元来持ってるであろう、
生き物としての 勘を取り戻してくれる大切な時間です。


海や山はいつでも自分に帰れる場所。

自然を感じる生き方をこれからもしていきます。


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